昭和の暮らし

昭和終盤で子供だった頃の私の暮らしの記憶

昭和の暮らし

縁側が繋ぐ記憶と今|古民家で過ごした夏の日々と、父が紡ぐ家との対話

今日は縁側の話をしよう。今でこそ見なくなったが、昭和の縁側はそりゃもう大活躍だった。わが実家には祖母が手をかけた庭があり、それを南向きに拝めるよう設置されていたのが縁側だ。十畳二間分の幅があり、冬以外は窓を開け放って、気軽に庭に降りたり腰かけたりしていた。
昭和の暮らし

小鰯(こいわし)の刺身と祖母の思い出|広島でしか味わえない地元の味

広島の名物と言えば、牡蠣やもみじ饅頭。だが、現代の輸送技術をもってしても未だ県外では広く知られていない名物が存在する。その代表が「小鰯(こいわし)の刺身」だ。あまりに傷みやすく、地元の人間ですら驚くことがあるその魅力を、今回は語りたい。
昭和の暮らし

祖母の梅干しと梅シロップ作り|種の中身「天神様」の注意点も

最近めっきり梅干しを買わなくなった。スーパーには私の好きな味がないからだ。焼酎の風味が勝ちすぎたり、甘みがあったり。私の中の「梅干し」は、やっぱり「おばあちゃんが漬けた梅干し」なのだ。そこで今回は、あの頃の梅干しの話をしよう。
昭和の暮らし

薪で焚いた五右衛門風呂の記憶|昭和の暮らしと祖父の背中

皆さんのご家庭では、何のエネルギーでお湯を沸かしていましたか?ちなみに、私が育った実家のお風呂は「薪」をくべていた。そう、ガスでも電気でもなく、薪だったのです!今回はそんな、今では珍しくなった昔懐かしい昭和のお風呂の話をしよう。
昭和の暮らし

昭和の卓袱台のある暮らし|ちゃぶ台を囲んだ三世代の記憶

昭和のちゃぶ台と聞いて昭和世代が思い出すのは大体巨人の星の一コマではあるまいか。絵に描いたような(実際絵だけど)昭和のおやじが卓袱台ひっくり返すあの一幕である。私は巨人の星を読んだことがないので(地元はカープのお膝元だし)、実際には劇中で何回ちゃぶ台がひっくり返ったかまでは知らない。あるいは……
昭和の暮らし

昭和の庭の記憶|祖母と庭師が守った庭木と、父が受け継いだ家の物語

子供の頃のわが家には、植物たちの楽園と言える立派な庭があった。松や大きなクロガネモチを中心に、ツバキ、山茶花、つつじ、もみじ、千両万両などが彩りを添える。足元にはチューリップやスズラン、牡丹といった草花が。そんな豊かな庭の記憶を、当時の風景と共に振り返りたい。
昭和の暮らし

ドクダミ茶の作り方|祖母が庭の薬草で教えてくれた昭和の知恵

小学校から川沿いを下って10分。鼻の頭に汗をかきながら家に飛び込んだ記憶は鮮明だ。昭和ガラスの引き戸をガタガタと開け、土間に転がり込んで冷蔵庫へまっしぐら。そこで待っていたのが、祖母が作ってくれていた冷たいドクダミ茶だった。あの夏の匂いと喉越しを思い出す。
タイトルとURLをコピーしました